かとっぽ

     海からあがった薬師如来像 


 瀬戸の浦々にもキリシタン宗伝導の手が広がって、信者も益々多くなり、

寺社や堂宇にも迫害さえ加えらるるという噂が立ちはじめた頃、ある日二

人の見知らぬ怪しい男が宿ノ浦にやって来て、薬師堂の附近をうろついて

いたが、その附近に里人の夜着をほしてあるのを見て、「こんな大きな着物

を着るような人間は、よほど図体の大きな男にちがいない、むかしから宿ノ

浦には豪勇をほこる者がたくさんいたということだが、仲々油断のならぬ所

だわい」と、ひそひそ話し合っていたが、間もなく何処ともなく姿を消してし

まった。 二人は山中にかくれて、夜がふけて人の寝しずまるのを待っていた

のである。その頃合になると、二人はひそかに山を下り薬師堂に忍び入って、

御本尊の薬師如来像(金仏)を盗み出し、近くの海岸から舟に積みこんで漕

ぎ出した。

 追手の来るのを恐れて一生懸命漕いだので、最早大分逃げのびたものと思

って、夜目に岸辺を見すかすと、どうしたことか舟は少しも動いてはいないで、

そこはもともと舟を漕ぎ出したかんじや鼻(鍛冶屋鼻−宿ノ浦湾内)である。

 これは不思議と思いつつも、なおいっそうあわて出した二人は、前にも増し

て力の限り漕いだが、依然として舟はかんじや鼻を離れない。

 これはきっとお薬師様のたたりであろうと、二人は急に空恐ろしくなり、如来

像を海中に投げこみ、あわてふためいて何処かへ逃げ去ったのである。

 宿ノ浦には、お薬師様を深く信仰している一人の老婆がいて、毎朝早くお詣

りしていたのであるが、その朝もいつものように夜の明けそめるのを待って薬

師堂にお詣りして見ると、驚いたことに御本尊薬師如来のお像が姿を消して

いる。 老婆は仰天し、そのことを里人達に伝えたので、里人達も大変驚き大

さわぎとなり、さては昨日このあたりをうろついていた怪しい二人連れに盗み

去られたに違いないと、早速舟を仕立てて、八方に追手を出したがその時はす

でに遅く、曲者は何処に逃げうせたか見つかりません。仕方なく一同は里へ引

返した。 さてその夜、老婆は床につき眠っていると、二人の曲者が山中から忍

び出て薬師堂に押入り、お薬師像を盗み出し舟に積みこんで漕ぎ出し、果ては

仏像を海中に投げ込んで逃げたところまでの有様を、ありありと夢に見てびっ

くりして眠を覚ました。まさしくこれはお薬師様のお告げに違いないと、そのこ

とを早速里人達に知らせた。

 里人達も日頃その老婆がお薬師様を厚く信仰していることを知っていたので

それを信じ、暗夜にもかかわらず、時をうつさず舟を乗り出してかんじや鼻に向

った。  来て見ると、そこは海底一面、金色さん然と光り輝きわたっているので、

そこの海中にお薬師像が沈んでいることが里人のだれもに信じられ、一同は思

わず合掌礼拝し、しばし深い黙祷をささげたのである。

 一夜明けて、里人達は協議の結果、地引網を仕立てて薬師像を救いあげ、無

事に御堂に安置して、益々この霊顕あらたかな築師如来を信仰し、今日に至っ

ているということである。

              若松町郷土誌より